ゴシックとは何か? シリーズ第2弾。
「ゴシックとは何か?(1)カトリックの支配する中世ヨーロッパに生まれた建築様式、実は異教の森」
のつづきです。
(主な参考文献:酒井健『ゴシックとは何か』)
ゴシック大聖堂は怪物たちの楽園
ゴシックの大聖堂には、まがまがしいグロテスクな彫刻がたくさんひっついています。
正面扉のアーチや柱の中、頂上のガーゴイルに化け物や怪物のたぐいが不気味な姿をさらしています。
怪物たちは異教の信仰にルーツを持っていいます。
しかし、教会はあくまでもキリスト教を教える場。
キリスト教道徳にかなわないものは悪魔的なネガティブキャラとして装飾に取り入れられたのでした。
つまり異教起原であっても、キリスト教布教に役立つ形でプレゼンされているわけです。
しかし設計者の意図はともかく、作った職人たちも同様に考えていたでしょうか。
これだけ多くの異教的な彫刻がほどこされるということは、逆に言ってゴシックの時代にはまだ異教が根強く残っていたということでしょう。
ゴシック建築の怪物たちを見るに、恐怖をもたらすというより、愛嬌があってかわいらしく見えます。上層階級が政治的にキリスト教に改宗していくなか、心の底からキリスト教徒になりきれない庶民たちが滅びゆく祖先たちの信仰をなんとか残そうとしたのではないか、と勝手な想像をふくらませてしまいます。
「グロテスク」の由来
グロテスクという言葉もまたゴシック同様(前記事参照)もとはイタリア語で、グロッタ(洞窟、地下貯蔵庫)に由来します。
古代ローマの皇帝ネロが建設を進めたドムス・アウレア(黄金宮)では中庭の周囲の部屋が地下通路で結ばれていました。15世紀末に発掘され、歩廊の壁は幻想的で奇怪な図像が描かれていました。洞窟(grotta)のような場所にあったので、半獣半人像や過剰に繁茂する草木がグロテスク模様と呼ばれるようになりました。
半人半獣の気味の悪い怪物たちはたしかに異教的・悪魔的です。
しかし、現在はふつうに教会っぽいものとして聞いている教会音楽にも意外なことに「異教」の影が……。
教会音楽も異教的
中世キリスト教音楽であるグレゴリオ聖歌には一つの旋律しかなく、男声合唱がユニゾン(全員が同じ旋律を歌う。1オクターブ違いは可)で歌っていました。
それがゴシック時代に二声から四声の旋律をのせるポリフォニー音楽に変化!
民間の俗謡が教会内に影響をおよぼしたとの説も。
俳優や楽士は古代の異教的文化を庶民のなかに生き生きとした姿で伝える存在として、教会にとってはキリスト教の普及の障害となったし、ゲルマン時代の英雄叙事詩人の存在も庶民のなかに生き続ける異教的伝統を呼びさます可能性をもつものとして、厳しく取り締まられねばならなかった。(阿部謹也『ハーメルンの笛吹き男』ちくま文庫、p181)
ところが、そんな遍歴芸人たちは、蔑まれながらも、その芸は各地で重宝がられ、高位聖職者の館や修道院で歓迎されていたのが実情であったようです。
ポリフォニー(多声音楽)はパリのノートルダム大聖堂がゴシック様式に改築されていった時代に、この大聖堂の聖職者たちが発展させました。調和を重んじるキリスト教音楽にはタブーだった不協和音もしばしば登場します。
教会はポリフォニー音楽を排除しようとしますが、ついに断念。
12世紀後半から13世紀前半にかけて公式に歌われるようになりました。
単旋律のほうが瞑想的とは言えるかもしれませんけどね。
参考文献
『ゴシックとは何か』酒井健著(講談社現代新書、2000年/ちくま学芸文庫、2006年)
『ハーメルンの笛吹き男』阿部謹也(ちくま文庫、1988年)
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
(「ゴシックとは何か?(3)」につづく)