ゴシックとは何か? シリーズ第5弾。
「ゴシックとは何か?」
(1)カトリックの支配する中世ヨーロッパに生まれた建築様式、実は異教の森
(2)中世ヨーロッパは布教途上。美術も音楽も異教的
(3)ゴシック様式受難の時代:ルネサンスは微妙な反ゴシック
(4)ゴシック様式受難の時代:宗教改革は徹底的な反ゴシック
のつづきです。
(主な参考文献:酒井健『ゴシックとは何か 』、唐戸信嘉『ゴシックの解剖 』)
近代合理主義はゴシック的なまがまがしいもの、幽霊や化け物など、この世とあの世の境目の存在を否定してしまいました。
しかし、神話や昔話など、古くから伝えられてきたものというのは、ダテではないのです。
禁止されようが、タブー視されようが、生き残る。
表面的には消えても心の奥底に潜み続ける。
それがフツフツと浮かび上がり、18世紀に吹き出しました。
ゴシック回帰の端緒はイギリス
近代に入って廃れたはずのゴシックですが、18世紀から復活します。
復活の先鞭をつけたのはイギリスでした。
当時のイギリスはカトリックの大国フランスへの対抗意識が非常に強く、反フランス・反カトリックの国民感情が強かったのです。
「ゴート人」「ゴシック」がポジティブイメージに
そのためフランス・ノルマンディー地方からやってきたウィリアム征服王とその後継者よりも、それに先立つサクソン人の王国、なかでも法典を編纂したアルフレッド大王の治世(871~899)が理想化されました。
王と貴族の合議制が実現されていたとする、いわゆるゴシック神話の誕生です。
ゴシック神話は政党にかかわらず、イギリス議会議員に支持されました。
かつてイタリア人が軽蔑的につけた名称ゴシック(ゴート人の)は今やイギリスで肯定的にとらえられました。こちらはゴート人をサクソン人と混同しています。
ちょうど当時の王朝もドイツ出身のハノーヴァー朝だったし、ゲルマン人=サクソン人=ゴート人のような連想は社会に受け入れられやすかったようです。
美意識の変化
18世紀のイギリスでは、ルネサンス以降もてはやされた古典主義的な美意識が否定されていきます。
古典主義的な美の基準では秩序や均整、調和を重視します。
いっぽう新しい美意識は、ふたたび幽霊や墓地、納骨堂、廃墟など、非理性的な要素を盛り込みます。
理性や合理精神を重視する近代へのアンチテーゼ。
中世回帰。
不安や恐怖をかきたてるゴシック世界の復活です。
保守主義の父バークはゴシックの理論的支柱
エドマンド・バーク(1729~97)と言えば保守主義の父として有名ですが、28歳の若きバークは『崇高と美の観念の起原』(1757年)でゴシック美を讃え、ゴシック・ロマンスのさきがけとなります。
こういう文脈で出てくる人とは思わず、最初は同姓同名の別人かと思ったら、本人でした。
よく考えれば、伝統とゴシックには親和性がありますよね。
『崇高と美の観念の起原』はドイツの哲学者カントにも影響を与えました。
イギリス式庭園もゴシック
意外な組み合わせはもうひとつ。イギリス式庭園の背景にもゴシックが!
イタリア式あるいはフランス式庭園は左右対称の区画にわけ、噴水や花壇、水路、並木道などが幾何学模様をなします。
これに対して、無法則で自然の姿をそのままとらえたイギリス式庭園は、原始の森に自由を見たゴシック神話が根源にあるのでした。
時代のトレンドにもよりますが、18世紀頃の庭園にはゴシック要素が入っています。
たとえば廃墟は趣のある庭園には不可欠なアイテムとなりました。
16世紀にヘンリー8世が修道院を解散し、その土地や建物は王家に没収されました。
土地は地方貴族やジェントリーに転売されて、建物の多くは荒れるがまま。
それでイギリスには修道院の廃墟が多いのです。
廃墟の美学
それまで美的価値のなかった廃墟が、これ以後、美しいものとして絵画や小説に描かれるようになりました。
英国を代表する画家ウィリアム・ターナー(1775~1851)も廃墟を数多く描いています。
そういえばドイツロマン派絵画にも廃墟はしばしば描かれています。
ゴシックは、この時代の北ヨーロッパの芸術思潮に大きな影響を与えているのです。
初のゴシック小説もイギリスから
初のゴシック小説もイギリスで生まれました。
ホレス・ウォルポール(1717~1797)の書いた『オトラント城』(1894年)です。
(↑前項紹介のバークの著書『崇高と美の(観念の)起原』も含まれています。)
ホレスの父はイギリス初代首相とされるロバート・ウォルポール伯爵。
息子ホレスも政治家になりましたが、父と違って政治より中世趣味とゴシック小説で知られている人物です。
ゴシック風に改築したホレスの別荘が評判となり、見学者が訪れるほど。
この屋敷で見た奇怪な夢が小説『オトラント城』執筆のきっかけとなりました。
内容は中世イタリアを舞台にした城主家族の愛想劇。
ゴシック・ロマンスの背景をなす古城、地下通路、修道院、礼拝堂、墓地、幽霊、怪物が登場し、超自然的な雰囲気のなか物語が展開します。
慎重なホレス・ウォルポールは、この物語を発表するにあたって当初は「中世のイタリアで書かれた物語の翻訳である」としていました。
中世カトリック的な迷信の世界を描くことは、当時のイギリスではタブーであったことがうかがえます。
参考文献
『ゴシックとは何か』酒井健著(講談社現代新書、2000年/ちくま学芸文庫、2006年)
『ゴシックの解剖 暗黒の美学』唐戸信嘉著(青土社、2020年)
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
(「ゴシックとは何か?(6)」につづく)