ゴシックとは何か? シリーズ第4弾。
既存記事「ゴシックとは何か?」
(1)カトリックの支配する中世ヨーロッパに生まれた建築様式、実は異教の森
(2)中世ヨーロッパは布教途上。美術も音楽も異教的
(3)ゴシック様式受難の時代:ルネサンスは微妙な反ゴシック
のつづきです。
(主な参考文献:酒井健『ゴシックとは何か』、唐戸信嘉『ゴシックの解剖剖』)
ルネサンスはゴシックを越えようとして、ゴシックを取り込んでいきましたから、反ゴシックといっても、ゴシックを根絶やしにするものではありませんでした。
ゴシックを敵視し、徹底的に破壊しようとしたのは宗教改革です。
ゴシックを敵視した宗教改革
免罪符に怒ったルター「95か条の論題」で批判
ローマ教皇レオ10世はサン・ピエトロ大聖堂の建築しようとしていましたが、費用の調達に困っていました。同じ頃、マグデブルク大司教アルブレヒトは多額の借金をしてマインツ大司教の地位も手に入れ、借金の返済に苦しんでいました。この二人が結託して免罪符をドイツで販売し、収益を折半することにしたのです。
お金を払えば罪が許されるという免罪符、教会による悪徳霊感商法に、当然、批判が起こります。
宗教改革は、マルティン・ルターが1517年に「95か条の論題」で教会の免罪符販売を批判したことがきっかけとなり火がつきました。
ルネサンスと宗教改革は逆ベクトル
ルネサンスと宗教改革をひとかたまりにして「近代化」運動ととらえる向きもあるようです。
しかし、ルネサンスが反北方蛮族である(「ゴシックとは何か(3)」参照)のに対して、宗教改革は反ローマの愛国運動のような面もありました。
反ゴシックで民族的・愛国的という意味では、両者は共通していますが、やったことはある意味で真反対でした。
プロテスタントがゴシック破壊
ルターは「信仰のみ」「聖書のみ」として、教会を介さず、直接、神に向き合う姿勢を重視しました。
その活動の一環としてルターが取り組んだのが聖書の翻訳です。
聖書はラテン語で書かれていて、庶民は誰も読めなかったのですが、ドイツ語に訳して、一般の人びとが直接聖書の教えに触れることができるようにしました。
聖画像破壊運動
みんなが聖書を読めるようにドイツ語に翻訳したのはいいけれど、そもそも識字率が低い時代のこと、何語だろうが字が読めない人も大勢います。
カトリック教会は豊富な画像で教えを伝えていたのですが、「聖書のみ」のルターは聖画像を、神との直接対話を阻む障害物として厳しく批判しました。
過激化したプロテスタントの間で聖画像破壊運動が盛んになります。
ルターが意図したことではないでしょうが、多くの大聖堂が聖画像や調度品を破壊される憂き目にあいます、
プロテスタントは反カトリック、反ローマ、反ゴチックなのです。
スイスのマリア像、溶かされる
厳格なプロテスタントにとって、マリア信仰のように、イエスのかわりに(あるいはイエスより上位に)マリアを置くような信仰は許せない。
スイスのベルン市にあった銀製・金メッキのマリア像は他の貴金属品とともに溶かされ、金貨・銀貨に作り変えられました。
現在の私たちが習う歴史は、大なり小なり、現在の強国の歴史観に影響を受けています。
かつて強国であったスペインは今は弱小国です。新興の大国(イギリスやアメリカ)に負ける過程で「敵」になっていますから、その行状が強調されて現在に至るまで伝わっている面はあるでしょう。
やったことは確かにひどいのですが、他の国が良くて、スペインだけが悪いということではないのです。
過去を支配するものが未来を支配する。現在を支配するものが過去を支配する。(ジョージオーウェル)
強くない国は過去にさかのぼって悪い国にされてしまいがちです。
ドイツの宗教地図
余談ですが、現代ドイツのカトリック分布地図を見たときに、歴史はバカにならないと思いました。
カトリック教徒の割合が多い地域(オレンジ~茶色)は、ほとんど旧ローマ帝国領です。
古代ローマ帝国です。
宗教改革が起こったのは、西ローマ帝国が滅んでから1000年も経ってからのことでした。
それからさらに約500年後の現在もローマ帝国国境が見えることに愕然とします。
プロテスタントの厳格さがゴシック・リヴァイヴァルを生む
話を宗教改革時代に戻します。
プロテスタンティズムは魔術や迷信を徹底的にしりぞけました。
悪魔祓いや秘跡、聖水などは非合理的であるとして退けられ、幽霊の存在も否定されました。
カトリックには煉獄という、あの世に行く前の段階がありました。だから魂がこの世のどこかにとどまって幽霊として姿を表すことがあるのです。
しかしプロテスタントにとって聖書に書かれていない煉獄はない。
人間は死ねば天国か地獄に行くのであって、この世をさまようことはないのです。
しかし、否定されたら、考えなくなるかというとそうでもない。
むしろ禁止されているものほど惹かれるのが人間です。
プロテスタント世界では、その後、反理性とでも言うべき思潮が起こり、ゴシックが復活することになるのです。
参考文献
『ゴシックとは何か』酒井健著(講談社現代新書、2000年/ちくま学芸文庫、2006年)
『ゴシックの解剖 暗黒の美学』唐戸信嘉著(青土社、2020年)
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
(「ゴシックとは何か?(5)」につづく)