メディアが増えて、さまざまな情報が発信されるようになりましたが、その分、ますますマスコミを始めとする情報発信者への不信感が高まっているように思われます。
誰を信じていいのかわからない。
でも、マスコミが真実を伝えないのは今に始まったことではありません。
ジャーナリズム論の古典、リップマン『世論』
『世論』は第一次大戦後の1922年に刊行されたウォルター・リップマン(1889~1974)による著作です。執筆の動機は、第一次大戦後の混乱の原因究明でした。
大衆における世論がどのように形成されるのかが分析されています。
騙されたり、情報操作されたりしないための教養書。ジャーナリズム論の古典です。
ウィルソンの「14か条」の作成にも関わったリップマン
リップマンは、1889年、ドイツ・ユダヤ系移民の3世としてニューヨーク市マンハッタンに生まれました。裕福で教養のある家庭で育ち、ハーバード大学に入学します。卒業後には、研究者か外交官か政治家の道を歩むだろうと周囲からは思われていましたが、リップマンはジャーナリストになります。
しかし、1917年にアメリカが第一次大戦に参戦すると、和平準備の専門委員会が設立され、28歳のリップマンがその中心人物に。
有名な「14か条」の原案作成にも関わります。ただし、リップマンはハプスブルク帝国の解体には反対でした。しかし、聞き入れられませんでした。
戦後処理のまずさがナチス政権を生み第二次大戦につながっていきました。
ヴェルサイユ条約をはじめとする戦後処理は、リップマンのせいではありませんが、第一次大戦前中後の世界の動きが間違った情報や思い込みによって引き起こされたとの意識を持っていたようです。
民主主義を担うはずの国民の意識形成に果たすメディアの役割を悲観的に見ると同時に、なんとかしなければとの使命感も感じられます。
「ステレオタイプ」の語源は『世論』
「ステレオタイプ」という言葉自体はリップマンの造語ではありません。すでに印刷用語として存在していたものです。しかし「固定観念」の意味で用いて広めたのはリップマンの『世論』であると言われています。
誰でもステレオタイプを持っている
人は大なり小なり先入観を持って物事を見ます。
われわれはたいていの場合、見てから定義しないで、定義してから見る。(p111)
未訓練者の目で身の回りを観察するとき、われわれがそこから拾い出すのは自分が認識できる記号ばかりである。われわれは……個々別々のものを見ることをしない。(p121)
リップマンは先入観、ステレオタイプを必ずしも責めているわけではなく、こうも言っています。
このような事情には経済性という問題がからんでいる。あらゆる物事を類型や一般性としてでなく、新鮮な目で細部まで見ようとすればひじょうに骨が折れる。まして諸事に忙殺されていれば実際問題として論外である。(p122)
情報を集めるのにも時間がかかります。みんな忙しいから、なかなかできないんですよね。ステレオタイプを持つ事自体は、ある種、しかたのないことなのです。
ただ、自分がステレオタイプ的なものの見方をしがちであることを自覚しておけば、異なった意見を素直に聞けるはず……。
秩序だった世界像の崩壊に耐えられない
なかなかそうもいかないみたいです。
ステレオタイプに安住していたほうが、なにかと楽チンなんです。
ステレオタイプの体系は、秩序正しい、ともかく矛盾のない世界像であり、われわれの習慣、趣味、能力、慰め、希望はそれに適応してきた。……一度その中にしっかりとはまってしまえば、はき慣れた靴のようにぴったりとくるのだ。(p130)
こうした状態であるから、ちょっとでもステレオタイプに混乱が生じると、宇宙の基盤が襲撃されたように思えるのも不思議なことではない。………われわれが栄誉と思うものが実は値打ちがなく、われわれの軽蔑するものが尊しとされるような世界ではどんなに神経が痛むだろう。(p131)
だから、議論にならない議論がよくありますよね。ネットやSNS上のコメントなども、往々にして自分の言いたいことだけ言いあっています。
ステレオタイプのパターンは公平無私のものではない。……われわれの自尊心を保障するものであり、……われわれの伝統を守る砦であり、その防御のかげにあってこそ、自分の占めている地位にあって安泰であるという感じを持ち続けることができる。(p131)
「事実」の両面性が信じられるようになるのは、長い間批判的な目を養う教育を受けて、社会について自分たちがもっているデータがいかに間接的で主観的なものであるかを充分に悟ってからのことだ。(p172)
ボーッと生きていたんではダメなんですね。
こうして陰謀論が生まれる
われわれは自分の反対者を悪者や陰謀家に仕立てる。(p175)
自分たちの描く世界が狭ければ狭いほど、またその世界に合わないものを受け入れられない頑迷さが強ければ強いほど、陰謀論にはまりやすくなります。
ステレオタイプは誰もが持っているとしても、変な陰謀論に騙されないためには、おそらく自分の「世界」に幅を持たせようと努力することが必要です。
教養を深め批判精神を磨こう!
情報を集めれば集めるほど、わけがわからなくなりそうな今日このごろ。
信頼のできる情報網・情報源を、心して探し続ける努力は現代人として必要と強く感じています。
教養を深め、批判精神を磨くことで、真理への道は開かれる……かも。
そんな感じも、なきにしもあらず。
後半(下巻)では、その対策なども論じているのですが、説得力はイマイチ。
前半を中心とした問題提起の部分のほうが読み応えがありました。
以上、引用部はリップマン『世論』岩波文庫(上)より。
最後まで読んでくださってありがとうございました。