世界一豊かで、世界一パワフルな国アメリカ。
ハリウッドスターやセレブの世界を見ていると、ド派手で何でもありなのに、ときどき信じられない古臭さの漂う国アメリカ。
特に理解できないのは、いまだに進化論に反対の人が多いこと。
2021年8月16日に学術雑誌「パブリック・アンダスタンディング・オブ・サイエンス」で発表された分析結果によると、1985年から2010年までは進化論の支持派と否定派が拮抗し、支持派は2005年時点で40%にとどまっていた。しかし、2010年以降、支持派が増え、2016年には過半数を占めるようになり、2019年時点で54%になっている。
これだけ読むと、迷信的とも言えるほどの頑迷な教条主義者たちの国ですよね。
『宗教からよむ「アメリカ」』
日本人にはわかりにくいアメリカの不思議。
しかし、どうも報道にも問題があるようです。
新聞やテレビは、アメリカで進化論が問題になっていることを報道しても、その背景を説明してくれません。
だから「アメリカはよくわからない国だよね」で終わってしまう。
そんな疑問にこたえてくれるのが、
森孝一『宗教からよむ「アメリカ」』(講談社選書メチエ、1996年)
著者自身が神学を修めたキリスト者であることから、キリスト教を深く理解した上で、日本人にわかりやすく説明してくれているという意味で良書です。
アメリカ史から書き起こし、レーガン時代までのアメリカが書かれています。
少々古いですが、アメリカと宗教の関係がよくわかります。
常に自己の存在の意味を問わなければならない国
多民族国家アメリカは歴史の新しい人工国家。「自分たちは誰なのか」ナショナル・アイデンティティをつねに問題としてきました。
「私たちはどこから来て、どこに行こうとしているのか」
自己の存在の意味についての問いが大事なのです。(森、p181)
アメリカの存在意義、そしてアメリカをまとめるもの、それが宗教です。
なお、ヒトの集団をまとめるフィクションというテーマについてはこちら!
進化論否定派が本当に否定したいもの
森氏は、進化論論争は科学と宗教の論争というだけではなく、教育を選ぶ権利についての論争だといいます(森、p185)。
日本のテレビや新聞などの大手メディアによって伝えられる情報は、主に「大都会のアメリカ」、「インテリのアメリカ」、「ワシントンDCのアメリカ」であって、それ以外の田舎のアメリカ、「草の根」のアメリカはまた全然ちがう。
ファンダメンタリストは特殊な人びとではない
「イスラム教原理主義」はよく耳にしますが、キリスト教にも「原理主義者」がいます。
ただ、アメリカでファンダメンタリスト(原理主義者)と呼ばれている人びとは、言葉ほど特殊な人ではないようです。
もともとの「ファンダメンタリスト」は神学上の特定の立場を意味する言葉だったのですが、アメリカでは「今日のアメリカの状況に怒りをおぼえ、自分たちの信仰を積極的に政治に反映させようとしている保守的キリスト者」ぐらいの意味だそうです(森、p186)。
「原理主義者」がアメリカにウヨウヨしているというと、何か怖ろしい響きがありますが、そういうことならわからないでもありません。
「今日の日本の状況に怒りをおぼえ、自分たちの主張を積極的に政治に反映させようとしている保守的日本人」
3つ言葉を入れ替えただけですが、これなら日本にもたくさんいそうです。
進化論が問題となってきたのは第一次世界大戦以降
ファンダメンタリストにしても、ダーウィン(1809~1882)の時代からずっと進化論反対を叫び続けてきたわけではありません。進化論が攻撃対象となったのは第一次世界大戦以降でした。
ダーウィンの「自然淘汰」や「適者生存」は生物学の話でしたが、その後、ハーバート・スペンサー(1820~1903)が社会進化思想へと応用しました。スペンサーは自由主義者でしたが、「社会進化思想」は弱肉強食を社会的に肯定する思想と変質していきました。
マルクス史観も封建制、絶対王政、共和制へ、社会も進化する、さらにその先には共産主義社会があると説くもので、社会進化思想を踏襲してイデオロギー化したもののひとつです。
社会進化論は帝国主義を肯定し、さらにはナチスの優生思想を生んだと考えられました。
アメリカと世界の文明に対する危機感
ファンダメンタリストたちは進化論に代表される近代思想は、文明を進歩させるのではなく、文明を危うくさせていると感じていた。しかも、近代思想によって武装した「エリート」が世界を支配しはじめているのであり、普通の民衆である自分たちは、社会の主流から置き去りにされつつあるという危機感を感じていたのである。(森、p191~192)
つまり、危険なのは生物の進化についての理論ではなく、スペンサーおよびその後の社会進化思想の方だったのです(森、p195)。
価値観や文明理解の問題が、なぜ科学vs宗教の話になってしまったのかは、ある裁判の経過に問題があったようですが、詳細は『宗教からよむ「アメリカ」』本文に譲ります。
「進化論に反対」する人のなかには私たちがイメージする教条的で頑迷な原理主義者もいるのかもしれませんが、世論調査からわかるように、いまだにアメリカ人の約半分が進化論に反対している実態を見るに、森氏のように、アメリカの原則に触れる何物かがある、と考えるべきかと思います。
アメリカの原則
アメリカは宗教の自由を保証し、国教などはないことになっていますが、実は「見えざる国教」があるといいます。
アメリカは建国の最初から、個人の信教の自由を守り、かつ、宗教的信条の上に政体を打ち建て、国家を統一することを両立させるという、難しい「綱渡り」の道を歩むことを選びました(森、p36)。
そして「見えざる国教」はきわめてキリスト教に近いものですが、キリスト教そのものではありません。
そのため大統領は演説で「神」について語ることがあっても、「イエス・キリスト」について語ることはないのです(森、p38)。
アメリカの大統領は大祭司!
アメリカの大統領は、実はアメリカ最高の聖職者、「アメリカの見えざる国教」における大祭司なのでした!
森氏は、「アメリカの見えざる国教」は独自の聖典、聖地、聖職者、殉教者、聖なる儀式、預言者などを持っているとし、初代大統領ワシントンをモーセ、第3代大統領ジェファーソンをパウロにたとえています。
そして1970年代後半から80年代前半の「あなたの尊敬する人物」についての世論調査結果によると1位はときの大統領(カーター、レーガン)でした(森、p80~81、83、89)。
アメリカ人にとって大統領とは単に政治の最高権力者であるだけでなく、精神的指導者。アメリカ国民は「大統領職」そのものに、政治的役割以上のものを期待しているのです。
そしてアメリカ大統領就任式は祈りではじまり、祈りでおわる。それをアメリカ人は誰も疑問に思わないのです(森、p63、67~68)。
森氏は、アメリカ大統領は日本における首相と天皇をあわせたような存在としています。
そう考えるとトランプ大統領が何かと評判が悪かったのはわかるような気もします。ドナルド・トランプはどうみても聖職者ではありません。
アメリカのマッチョ文化
聖職者っぽくないトランプ、それでも当選しました。
そこには何らかの魅力があったからでしょう。
「立派な聖職者」路線とは別に、アメリカ人は大統領にアメリカン・ヒーローを投影するようなところもあって、その意味で、トランプははまり役でした。アメリカは今でも西部劇に出てくるような豪快な荒野のマッチョマンが受けるのです。
トランプは、ある種のアメリカ人からは嫌われ、ある種のアメリカ人からは好かれたというところでしょうか。
トランプの人気と失脚の秘密については内藤陽介『誰もが知りたいQアノンの正体 みんな大好き陰謀論II』が参考になります(関連記事はこちら)。
意外と多いトランプ大統領の功績
物議を醸す言動ばかり報道されますが、実は多くの実績を残し、トランプ政権は言われるほど悪くはありませんでした。
減税し、規制をなくし、アメリカの景気を回復しました。この点について、詳しくは渡瀬裕哉『税金下げろ、規制をなくせ』(関連記事はこちら)を!
いつから宗教票が大統領選挙で重視されるようになったのか
宗教に話を戻します。
いつから宗教票が大統領選挙で重視されるようになったのか、福音派の票集めについてなどが詳しく書かれているのは松本佐保『アメリカを動かす宗教ナショナリズム』(ちくま新書、2021年)。
宗教からアメリカをとらえていて、刊行年が新しい本です。
こちらは主にレーガンからトランプ、バイデンまで描かれているので、『宗教からよむ「アメリカ」』(1996年刊)以後のアメリカを見るのにいい。
福音派とは
なお、福音派とは、「保守的な信仰理解を共有する教派横断的集団」で、教会や宗派によって規定されるものではありません。1970年代以降のアメリカ社会のリベラル化の進展に反発して支持者を増やし、現在では政治的にも一定の勢力となっています(内藤陽介『みんな大好き陰謀論』関連記事はこちら)。
カーターの裏切りで福音派が政治化
福音派が政治化したのはレーガン時代からでした。
社会進化論に反対の声をあげ、一定の成果をあげた最初の政治家はウィリアム・ブライアン(1860~1925)。このブライアンが民主党だったため、もともと福音派はどちらかといえば民主党支持でした。
しかし、福音派の支持を得て当選したカーター大統領(民主党)が、中絶合法化やキリスト教系学校に課税など、福音派を裏切るような政策をとったため怒りを爆発させました。
またカーターはリベラルな外交姿勢で共産主義諸国に柔軟な姿勢をとり、さらにイランのアメリカ大使館で発生した人質事件での人質救出作戦に失敗。福音派の怒りの火に油を注ぎます(松本、p69~72)。
キリスト教的な価値観や社会、生活が脅かされると感じた福音派はカーター再選を阻止すべく共和党のレーガンを支持しました。
レーガンは中絶を制約。キリスト教の学校を非課税にし、減税を行い、反共主義者でした。カーターとは真反対。
そして30年後のトランプも、レーガン同様の政策を行いました。
仕事をする大統領はOK
信仰心が厚いようには、ぜんぜん見えないトランプですが、福音派としては仕事をしてくれればいいのです。
トランプ大統領は大統領令を乱発し、宗教保守層との選挙公約を実現していった。
具体的には、イスラム教徒の入国制限、メキシコとの国境の「トランプの壁」、ジョンソン修正条項廃案、オバマケア廃案、エルサレムへの大使館移転、そして大統領令ではないが保守の最高裁判事の任命などがある(松本、p116~117)。
トランプ大統領は、ペンス副大統領、ポンペイオ国務長官、ブラウンバック宗教大使の「宗教三巨頭」をブレーンとし、福音派の政策を実行しました。
バイデンも宗教勢力と結びついて成功
一方、2021年より大統領職にあるバイデンもまた、宗教勢力と結びついて票を伸ばしました。バイデンが狙ったのはカトリックのリベラル派です。バイデン自身の母方の曽祖父が大飢饉のアイルランドからアメリカに移民してきた無一文からの叩き上げであることを前面に出して選挙戦に臨み、労働者の共感を得ました。
その結果、前回の大統領選挙ではトランプ支持の強かったラスト(錆)ベルトで票を伸ばしたのです。ラストベルトとは、五大湖沿岸の製造業・重工業の中心地です。製造業が凋落し、衰退していることから「錆(rust)」地帯と呼ばれます。
ラストベルトはアイルランド系ブルー・カラーが多い地域なのです(松本、p201、205)。
アメリカとは何か
アメリカにとって宗教は国の成り立ちに関わる重要なアイデンティティであり、アメリカの存在意義と言ってもいいぐらい大切なものです。
「世界を民主化するのだ~」のような、ときとして独善的なアメリカ。それは建前だけでなく、本当に使命感に燃えている(人も多い)のでした。
だから良い、悪いではなく、そういう国だということを知ってお付き合いしていきたいですね。
私たちは普通のアメリカ人を見ていない
私たちが目にするアメリカ人はハリウッドスターやスポーツ選手、政治家といった特別な人たちです。
日本に来るアメリカ人も、一時滞在の観光客を除けば、一定の国際的素養を身に着けたビジネスパーソンでしょうから、これも例外的なエリートと考えられます。
アメリカにいる普通のアメリカ人は、別モノと考えたほうがいいのかもしれません。
意外と田舎なアメリカ
アメリカでは「田舎」に住む人の割合が高いようです。
しかも、日本の田舎では人びとが村落に密集(?)して住みますが、アメリカでは隣の家まで何10キロのようなところが多々あるのだとか。
そんなところに住んでいると、個々人が人里離れた庵に住む世捨て人のような心境になったとしても不思議はありません。もう信仰に生きるしかない。
はい、そうです。
というわけで、
アメリカと宗教の関係を知るには:
- 森孝一『宗教からよむ「アメリカ」』講談社選書メチエ
- 松本佐保『アメリカを動かす宗教ナショナリズム』ちくま新書
トランプの功罪については:
- 渡瀬裕哉『税金下げろ、規制をなくせ』光文社新書
- 内藤陽介『誰もが知りたいQアノンの正体 みんな大好き陰謀論II』ビジネス社
をおすすめします!
最後まで読んでくださってありがとうございます。