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【本のレビュー】アイン・ランド『われら生きるもの』ーアメリカ自由主義の古典はロシアが舞台

雪原

今回の本レビューはアメリカの自由主義者たちの古典アイン・ランドの小説第一作目『われら生きるもの』(脇坂あゆみ訳、ビジネス社、2012年、原書はAyn Rand O’Conner著 “We the Living”, 1936)です。

アイン・ランドの名は『税金下げろ規制をなくせ』(関連記事はこちら)の渡瀬裕哉先生のお話に出てきて、興味を持ちました。

日本ではあまり知られているとは言えない(知る人ぞ知る?)アイン・ランドによる『われら生きるもの』の舞台は革命直後のソビエト・ロシアですが、アメリカを知るためにもおすすめです。

ロシア出身の著者アイン・ランド、共産主義への警笛を鳴らす

著者アイン・ランド(本名アリーサ・ジノヴィエヴナ・ローゼンバウム)は1905年、帝政ロシアの首都サンクトペテルブルクでユダヤ人両親の元に生まれますが、本人は無神論者になります。

1917年の10月社会主義革命のときには12歳でした。多感な時期に共産主義国歌の誕生とその混乱を体験し、1926年に渡米。

その間、1922年にソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)が成立しています。

ランドはアメリカで共産主義の恐ろしさを小説にして発表します。その最初の作品が1936年の『われら生きるもの』。

『われら生きるもの』で共産主義の理想を否定

自伝的作品

ランドは『われら生きるもの』は「知的な意味において」自伝的な小説であると改訂版(1959年)の序で語っています。

「(主人公)キラの物語の顛末は私自身の体験とは関係ない。……彼女の外見も彼女の家族の外見も私にはまったく似ていない。キラの人生でおこった出来事は私におこったことではない」としながらも、「彼女の思想、信念、価値観は私のものであったし、いまもそうである」と。

筋書きはフィクションでも、背景は本物なのです。

当初は評価されなかった

『われら生きるもの』初版(1936年)は、当時さほど話題にならなかったようです。『水源』(1943年)がベストセラーとなってランドはようやく広範に認知されます。

共産主義の名のもとに行われていること、その手段を非難する人も、掲げる理想そのものには憧れや共感をいだいていた人々が多かった中、理想自体を否定したランドの作品は受け入れられなかったのでしょうか。

古くて新しい作品

ランドが大きく再評価されたのはオバマ政権下でアメリカが大きな政府を志向しはじめた時期からです。

政府による規制や増税に反対する自由主義者たちによるティーパーティ(茶会運動)が盛り上がりを見せ、運動のバイブルのような位置づけとされたのがアイン・ランドの作品でした。

日本ではあまり知られていない

アメリカでは自由主義の「古典」ですが、日本ではあまり知られていないように思います。ビジネス社からの邦訳も2012年と新しい。

アメリカで流行るものは日本でも流行る!

私はもっと遅く、最近になって『税金下げろ、規制をなくせ』の渡瀬裕也先生のお話を聞いて知りました。

税金下げろ、規制をなくせ
【制作書籍】渡瀬裕哉『税金下げろ、規制をなくせ 日本経済復活の処方箋』光文社新書税金は下げられる。税金と規制は同じもの。日本経済をダメにしたのは増え続ける規制である。政治の裏を知る著者渡瀬裕哉による納得の書。「そうだったのか!」と、目からウロコ。...

反共より自由意思

国家が社会を、家族を、個人を壊していくさまが、如実に描かれ、衝撃的です。

国家とは何か。革命とは、共産主義とは……。

考えさせられます。

登場人物の人格が変わっていくので、感情移入しにくいものがありますし、ハリウッド的な勧善懲悪ではないので、読後感があまりすっきりしないかも。

その一方で、どの人もモンスターでもスーパースターでもないので、大なり小なり人間として理解できる面があります。

「反共作品」と単純にくくれる本ではないと思います。

故郷ロシアの革命政権を批判しているのですが、中心にあるのは個人の自由意思。

人間の尊厳の大切さを描いた作品です。

国家が個人に「このように生きろ」と強制するのは間違っています。どんな高邁な理想であっても、それを他人に強制してはいけない。

古くて新しい作品 今こそ読むべき本

のりあちゃん
のりあちゃん
こんな小説があったのね

社会主義革命から20年とたたない時期にこのようにはっきりと共産主義への警鐘を鳴らした作品があったことは驚きです。

「あれは本当の共産主義じゃないんだ」という人へ

1980年代、社会主義の失敗が明らかになった頃にもまだ「あれは本当の共産主義じゃないんだ」などと言っている人がいました。

1985年にはソ連でゴルバチョフが最高指導者・書記長となり、86年からペレストロイカ(改革)やグラスノスチ(情報公開)を推進します。1990年には大統領制が導入され、ゴルバチョフは初代大統領に。

しかし、時すでに遅し。

翌91年にソビエト社会主義共和国連邦は崩壊します。

ソ連の旗のイメージのレンガ

「あれは本当の共産主義じゃないんだ。共産主義の理想は正しいんだ」

今でもまだ言っている人がいます。

彼らがアイン・ランドを読んだら、何と言うのでしょうか。

「そんなの嘘だ」とでも言うのでしょうか。

描写そのものは、今となっては事実そうであったことが明らかなものばかりですが。

共産主義者が政権をとった国はどこも、自由がなくなり、経済が崩壊し、新しい支配階級が生まれ、仲間を粛清し、庶民は豊かにならないばかりか自由を奪われました。

ちっとも平等など実現していません。

それはロシアだけの話ではない。

悲しいことに今の日本にも通じるものが……

しかし、「日本が共産主義国にならなくてよかった」とホッっとできないものがあります。

「共産主義の理想は正しいんだ」はまだ生きているからです。

しかも小説の中で描かれているのは革命直後のロシアのはずですが、ときどき現代日本に重なって見えることがあります。

正論の通らない社会。ものすごく滑稽なことを真顔で言う人々。

「そんなバカな!」と思いたくなる事件の数々。

わけのわからない官僚主義など「似たような経験、あるぞ」と思わせられるようなシーン多数。

のりあちゃん
のりあちゃん
昔の外国の話とばかりも言っていられないね

そうなんです。

映画版「われら生きるもの」

イタリアで1942年にランドに無断で映画化されていましたが、1986年に再編集されて英語字幕版が公開され、大きな反響を呼びました。2013年には日本語字幕版も出ています。

ムッソリーニ政権は作品がソ連共産主義だけでなく自国のファシズムにも向けられていると考え、上映を禁止したそうです。

恋愛小説としても楽しめる

政治や歴史に興味がない人も『われら生きるもの』は恋愛小説として楽しめます。

結局どうなるの? とドキドキしながら。

「恋愛小説」としても結局のところ悲劇なのですが、意外とスカッとする感じがあります。

のりあちゃん
のりあちゃん
どこが?

この辺の感想は人それぞれですね。

最後まで読んでくださってありがとうございました。