前記事「なぜドイツ代表のユニホームは白地に黒線なのか? ないようで今もあるプロイセン」で書いたようにプロイセンという単位は今はなく、「プロイセン人」との自覚のある人は現在ほとんどいないと思われます。
しかし「バイエルン人」はいます。
郷土意識の強いバイエルン
ドイツ南部にバイエルン州があります。
地図(↑)の卵色部がドイツ、赤色部がバイエルン州です。
ドイツ観光の目玉
バイエルンにはロマンチック街道など、ドイツの目玉観光地が並んでいます。
その目玉中の目玉ともいえるのがノイシュヴァンシュタイン城。
ディズニーランドにあるシンデレラ城のモデルとなったことでも有名です。
ドイツ最高峰のツークシュピッツェ山(2962m)もバイエルンにあります。
旧バイエルン王国がそのまま州に
正式名称「ドイツ連邦共和国」が示すように、ドイツは連邦制国家です。
東京一極集中型の日本と違い、ドイツは今でも各地に中心都市があり、それぞれの地域に歴史があります。
そんなドイツのなかでもバイエルン州は、とくに郷土意識がはっきりしているところです。
そして、バイエルン州の領域は旧バイエルン王国とほぼ重なっています。
現在の州と旧国がほぼ一致しているのはバイエルンの他にはザクセンぐらいです。
フランツ「殿下」
バイエルン王家であったヴィッテルスバッハ家は、現代の州自治体との関係もよく、一般の人々からも好かれています。
あるとき、バイエルン最大のお祭りオクトーバーフェストをテレビで見ているとヴィッテルスバッハ家の現当主フランツが写りました。
隣には州知事が座っていました。
そして、司会の言葉「それではフランツ殿下からご挨拶をいただきましょう」を受けて、「殿下」が乾杯の音頭をとっていました。
現役の王様ではないので「陛下」ではなく「殿下」ですが、事実上の王様という感じ。
ヴィッテルスバッハ家はバイエルンの象徴
バイエルンを象徴する意匠があります。
具体例を挙げていきましょう。
FCバイエルン・ミュンヘンのエンブレム
ドイツの名門サッカーチーム「FCバイエルン・ミュンヘン」のエンブレムはこんな感じ。
日本でもグッズが手に入りますね。
BMW
ドイツの誇る名車BMWはBayerische Motorenwerke(バイエルンモーター工場)の頭文字をとったもの。
バイエルンの州都ミュンヘンに本社を構える自動車製造会社です。
こんなマークがエンブレム。
州の紋章
そして、バイエルン州の大紋章はこれ。
大紋章入りの旗がこんな感じ。
あります。
共通点は青白柄
以上のマークには共通点があります。
実は水色と白(実は銀)の斜め格子はヴィッテルスバッハ家の紋章の柄なのです。
つまり、ヴィッテルスバッハ家は現在もバイエルンの「象徴」なのでした。
バイエルン土産には青白のひし形模様
バイエルン土産によくあるビールジョッキも当然バイエルン柄。
ザウアークラウトもバイエルン?
日本でよく見かけるザウアークラウトもバイエルン柄。
ザウアークラウトはドイツ料理(食材?)の代表であって、とくにバイエルン料理のイメージはありませんし、ヘングステン社の本拠地もバイエルンではありません。
よくわかりませんが、アメリカや日本では「バイエルン風ザウアークラウト」としてマーケティングしているようです。
食した感じもふつうのザウアークラウトですけどねえ。
次世代家長はルートヴィヒ
ヴィッテルスバッハ家の現当主フランツ(1933年生)には子どもがありません。
そのため家督の第一継承者は弟のマックス・エマヌエル(1937年生)です。
マックスには子どもが5人いますが、全員娘。
バイエルンは男系継承なので、第二継承者はいとこのルイトポルト(1951年生)になります。
ルイトポルトまでは現当主フランツと同世代ですが、第三継承者がルイトポルトの長男ルートヴィヒ・ハインリヒ・プリンツ・フォン・バイエルン(1982年生)です。
IT企業家。慈善事業のようなこともやっているようです。
同名のご先祖さまルートヴィヒ2世の面影あり
バイエルンの王様と言えば、ルートヴィヒ2世(1845~1886)が有名です。
作曲家ヴァーグナーに傾倒して多額の援助をしたり、ノイシュヴァンシュタイン城を建てたりした王様で、お金を使いすぎて、晩年は幽閉され、医者と一緒に湖で溺れ死ぬという自殺か他殺かわからない死に方をした悲劇の王様です。
そのルートヴィヒ2世とその弟は子孫を残さずに亡くなりました。
時代下って、現代の王子さまルートヴィヒ・ハインリヒはルートヴィヒ2世の叔父の五代目の子孫です。
超隔世遺伝ですが、この面影。
ルートヴィヒ2世のそっくりさんコンテストに出たら3位ぐらいには入賞しそうです。
いえ、最後のバイエルン王がルートヴィヒ3世でした。
その後は「ルートヴィヒ」と名のつく家長が出ていないので、次は4世でしょう。
フランツ殿下がスコットランド王に?
2014年、スコットランド独立住民投票が行われたころ、ドイツのマスコミがおもしろいことを言っていました。「もし、スコットランドが独立して王国になったら、王様はバイエルン公!」。
ヴィッテルスバッハ家の現当主フランツが、スコットランド王というのは、ぶっ飛んだ発想と思われるかもしれませんが、それなりに根拠はあるようです。
これについて詳細は歴史チャネル「スコットランド王はドイツ人!?ヨーロッパ中に広がる王位継承の網」へ。
ヴィッテルスバッハ家、意外な形でイギリスと繋がっています。
地方史のすすめ
ドイツ史というと中世から近代初期は神聖ローマ帝国、近代後期はオーストリアとプロイセン、ドイツ帝国成立(1871年)以後はベルリンを中心に語られることが多いですが、各地に特色ある国や都市がありました。
バイエルンについて書かれた本は少ないですが、ひとつ見つけました。
最後まで読んでくださってありがとうございました。