「ワールシュタットの戦い」、世界史で習いますが、覚えていますか?
ワールシュタットの戦い
Wahlstatt 1241年、現ポーランド領のリーグニッツ近郊で、バトゥ率いるモンゴル軍がドイツ・ポーランド連合軍を破った戦い。ドイツ語で「ワールシュタット」とは、のちに町(シュタット)が造られたとき、そこから多くの死体(ヴァール)が出てきたため、と言われる。(『世界史用語集』山川出版社より)
13世紀、世界最強のモンゴル軍に対し、ドイツ・ポーランド連合軍は相手になりません。壊滅させられます。
「ワールシュタット」は、もちろん敗戦後についた名前。
そして現在の都市名はリーグニッツ(ドイツ語)、レグニツァ(ポーランド語)です。
「死体の山」に異議あり
それにしてもネット上で「ワールシュタットはドイツ語で『死体の山』という意味だ」との説が流布しているのですが、どうしてそうなるのか納得がいかない。
元ネタは何なのでしょうか。
年配の人が「高校の世界史の先生がそう言った」と語っていたので、インターネット普及以前から、この説はあるようです。
ワールシュタットは「戦場で倒れた者の場所」
ワールシュタットはドイツ語でWahlstattあるいはWalstatt。
ドゥーデンの語源辞典(Das Herkunftswörterbuch)
によると、walは古いドイツ語で「戦場で倒れた者」、
stattは「場所」という意味です。
ドゥーデンはドイツ語辞典・ドイツ語文法の権威。いわば英語におけるオックスフォードやウエブスターのドイツ語版。
つまり、Walstattは「戦場に倒れた者の場所」なので「死体の山」と訳して訳せないこともないですが、かなりの意訳ですよね。
ドイツ・ポーランド連合軍はボロボロに負けましたから、ほんとうに死体の山が築かれていたかもしれません。
しかし、walがどういう言葉かを、もう少し考えてみましょう。
「ワール」はヴァルキューレ、ヴァルハラの「ヴァル」
walはヴァ(ー)ルと発音されます。
ワールシュタットの原音も「ヴァールシュタット」のほうが近いのですが、本ブログでは従来のカタカナ表記にしたがってワールシュタットとしています。
その「ワール」=「ヴァ(ー)ル」のつく単語で比較的日本でも知られているのが「ヴァルキューレ」と「ヴァルハラ」です。
ワーグナーのオベラ『ニーベルングの指輪』、
小説・アニメの『銀河英雄伝説』にも出てきますね。
北欧神話において、ヴァルキューレは戦場の女神、ヴァルハラは戦死者を迎える天堂です。
ヴァルキューレは戦死者を選ぶ者
戦場の女神ヴァルキューレ(Walküre)は語源的には、戦場に倒れた者(wal)を選ぶ者(Küre)です。
たぶん勇者でなければいけない。
ヴァルハラは聖堂
ヴァルキューレは戦死者を選び、ヴァルハラに連れていきます。
ヴァルハラ(Walhall)は広々としたホール(hall)、つまり聖堂です。
ドナウ川沿いにヴァルハラ神殿
ところで、アイキャッチ画像はレーゲンスブルク近郊にあるヴァルハラ神殿です。
ナポレオン戦争の後、ドイツ民族主義が高揚した19世紀前半にバイエルンのルートヴィヒ1世(1786~1868)によって建設されました。
ドイツ史上の有名人が祭られています。
この場合「ドイツ史」はかなり幅広く、ドイツなど影も形もなかった時代のゲルマン人の英雄や、ロシアの女帝エカテリーナ2世(1729~1796)もいます。
もともとドイツ語圏の出身です。
ちなみにノイシュバンシュタイン城を築き、最後には謎の死を遂げる悲劇の王として有名なルードヴィヒ2世(1845~1886)はルードヴィヒ1世の孫です。
「死体の山」は9条精神による誤訳?
話を「死体の山」に戻します。
walは雄々しく戦った英雄というイメージの言葉です。
「死体の山」では悲惨さしか伝わってきません。ちょっとニユアンスが違うのではないでしょうか。
第一次・第二次世界大戦を経て、戦争がとてつもなく大規模になり、「戦争をしたら国が終わる」のような現代では「戦争=悲惨、悪」ですが、13世紀にそのような思想はありません。
「敵をたくさん殺したぞ~」
「すばらしい。勇者だ~」
のような世界です。
ワールシュタットも本来は「負けはしたが、我々は勇敢に戦ったのだ」というネーミングではないかと推察します。
それが「死体の山」となったのは、おそらく現代日本人の憲法第9条精神によるバイアスがかかったもの。
意訳にしても誤訳に限りなく近いのではないか、と思う次第です。
用語集の説明もまぎらわしい
町はシュタットだけど……
冒頭の世界史用語集による「ワールシュタットの戦い」の説明にも、ちょっと気になる点があります。
ワールシュタットの名について「のちに町(シュタット)が造られたとき、そこから多くの死体(ヴァール)が出てきたため」とあります。
問題は歴史的事実の真偽ではなく、ドイツ語のシュタットです。
用語集はWahlstattと原語のつづりを載せた上で、このように説明をしているので、ドイツ語学習者にとっては誤解を招きかねません。
シュタットのつづりは2つある
現代ドイツ語では「シュタット」のつづりには2つあります。
- 「町」の意味ではStadt。
- 「場所」の意味ではStatt。
もともと語源的に同じものですが、現代ドイツ語の学習者は、くれぐれも「町」の意味で②のつづりを覚えないようにしましょう。
ときどきいます。(関連記事はこちら)
それに高校の教材をその後も持ち続けて参考にする人、数十年後に新板を買い足す人もいるでしょう。
用語集といい地図帳といい、けっこう重宝します。
最後まで読んでくださってありがとうございました。