本のレビュー

【本のレビュー】山口志穂『オカマの日本史』ビジネス社 オカマがヘンタイになったのは大正時代から!?

こんにちは。まぐのりあです。

本のレビュー」では読んだ本を紹介します。ライティングアシスタントとして制作に関わった本や、自ら翻訳した本は「ライター部屋」で扱っています。

今回のレビューは山口志穂『オカマの日本史』。タイトルがいいですね。

「オカマ」「日本史」どちらかに興味のある人にはぜひオススメ!

オカマによるオカマの日本史

著者の山口志穂さんはオカマちゃんです。そんな当事者の書く「オカマの日本史」は変に距離を取った第三者の文章よりも親近感が湧いて読みやすい。

山口さんはオカマであることに誇りを持っていて、あえて最近流行りの「LGBT」ではなく「オカマ」を使います。

しかし、そのわかりにくいLGBTについても本の中に解説があります。

LGBTとは

LGBT、2000年代以降よく聞くようになった比較的新しい言葉ですが、実はどういうことなのか、わかっている人は少ないのではないでしょうか。

かく言う私もわかっていなかった一人です。

 

第1章の冒頭部にLGBTの説明があります。

  • レズビアン(Lesbian)女性を愛する女性
  • ゲイ(Gay)男性を愛する男性。ホモセクシャル。
  • バイセクシュアル(Bisexual)愛する対象が男女両方
  • トランスジェンダー(Transgender)体と心の性が一致しない人。

の頭文字を取ったのがLGBT。

LGBは同性愛者ですが、Tは恋愛対象は問いません。

つまり、別次元にあるLGBとTを並列しているから余計にわからなくなっているんですね。

あるドラマのワンシーン

以下は本の内容ではなく、あるテレビ番組のワンシーンです。

番組名などは忘れましたが、LGBTを扱う寸劇でした。

 

男性が好きな女性に想いを告白しました。

すると、女性は実は自分が元男性であることを打ち明けます。

「僕はそれでも構わない。君を愛している。結婚してくれ」

と男性はプロポーズしました。

しかし、女性(元男性)は

「私、レズビアンなの」

 

それなら男性のままでいいじゃないかと思ったりしましたが、ことはそう単純ではないようです。

上の女性(元男性)は体は男性として生まれながら自分は女性であるという自覚があり(トランスジェンダー)、その上で愛する対象が女性だったのです。

そういうこともありうる。

大変に複雑な世界です。

マツコ・デラックスはトランスジェンダーではない!?

著者・山口志穂さんは、体は男性として生まれ、心は女性のトランスジェンダー。恋愛対象は男性なのでゲイではなく異性愛者だそうです。

「傍からは男と男の恋愛にしか見えないでしょうが、ゲイが同性愛なのに対し、トランスジェンダーは心の性ですから異性愛も同性愛も混在しています。これは当事者にとっては重大な違いなのです」

意外だったのは、有名なマツコ・デラックスやミッツ・マングローブは体の性と心の性は男性で一致していてトランスジェンダーではないとのこと。女装していても心の性が男性だから「ゲイ」に分類されるのだそうです。

どんな格好をするのかというのも、また別軸らしい。

「本当はもっと語れるのですが、読者を混乱させるだけ」との著者の判断は正しい!

これだけでも十分混乱します。

男色が日本史を動かした

男と男の痴情のもつれ 保元の乱

男色が文化的に定着していったのが平安時代だそうです。

仏教が絶大な力を持っていた時代、お坊さんたちがやっている男色は、ある種の市民権を得ていたのだとか。

平安時代、男色は妻帯できない僧侶ばかりでなく貴族にも広まります。

そんな男の情愛が引き起こしたのが平安時代末期の保元の乱。

保元の乱は『日本史用語集』によると:

「1156(保元元)年、崇徳上皇・後白河天皇兄弟、関白藤原忠道・弟頼長の対立がからみ、条項が源為義らの武力を頼んで天皇方に挑戦、敗北した。院政の混乱と武士の進出を示す事件」

保元の乱については、一般書にも痴情のもつれは書いてあります。ただし男女の話。

(以下、院政時代は同じ人が天皇→上皇→法皇となってややこしいので肩書を省きます)

白河は孫である鳥羽の妻・璋子と密通していました。それで崇徳は系図上では鳥羽の皇子なのですが白河の子であると言われます。実際に鳥羽は崇徳を「叔父子」と呼んで嫌っていました。

それでも白河が権力を握っている間は鳥羽も従わざるを得ず、崇徳が天皇になります。

しかし、白河崩御後に鳥羽が実権を握ると、鳥羽は崇徳を退位させ、近衛(崇徳の異母弟)を天皇にします。近衛が早逝すると後白河(崇徳の同母弟)を天皇にします。

崇徳やその子は除け者です。崇徳の不満がたまります。

そして鳥羽崩御後、崇徳・後白河兄弟の対立が悪化します。こうして勃発したのが保元の乱……と、ふつうの歴史書には書いてあります。さすがに教科書には載っていませんけど。

ところが、痴情のもつれは男女の間だけではありませんでした。

男と男も、もつれあっていたのです。

実は「男色ネットワーク」同士の争いだったと語るのが本書。

「近臣」が怪しい。

鳥羽は崇徳を外して近衛を天皇につけましたが、実は近衛の生母は鳥羽の男色相手のいとこだったとか etc. etc.

ネタバレにならないように詳述は避けますが、とにかく保元の乱のイメージが変わります。

明治維新の雄藩に男色文化

「保元の乱」に負けず劣らず「へえ~」なのが「明治維新」です。

薩摩、土佐、会津には男色文化があり、明治維新は男色頂上決戦だった!

ちなみに長州には男色の記録はないそうです。理由が省かれていますが、書いてほしかったなあ。

とにかく男色集団、強いんです。

同性愛は犯罪!?

日本でも男色が法律違反に! でも10年だけ

男色におおらかだった日本ですが、明治に入って禁止されました。

明治日本の悲願は幕末に結ばされた不平等条約の改正です。

当時の世界を「支配」していた欧米列強に日本が文明国であると認めさせるために、法律も西洋化します。その一環で同性愛が罪とされ懲役刑に処せられることとなりました。

しかしボアソナードに「合意の上での行為ならいいんじゃない?」と言われて廃止されます。

ボアソナードとは、フランス人法学者で、明治政府に招かれ、刑法・民法などを起草した人です。

西洋を意識した法律だったのに西洋人に諌められました。

というわけで、日本で同性愛が犯罪であったのは1873~1882年の10年弱でした。

ヨーロッパの例 ドイツの刑法175条

本には近代ヨーロッパの具体例はないのですが、「10年だけだった」と言われてもピンとこない方のために比較の材料として、以下ドイツの例を挙げておきます。

ドイツ帝国時代から悪名高きホモ禁止法「刑法175条」がありました。ナチス時代に罰則がさらに厳しくなります。法律は第二次世界大戦後も保持され、罰則規定が削除されたのは東西ドイツ統一後の1994年でした。

「刑法175条」であったことから、ドイツでは5月17日が「ホモの祝日」と呼ばれたりしました。ヨーロッパでは日・月・年の順で記述するから、「175」を「17. 5.」と読み「17日5月」です。ヨーロッパで食べ物の賞味期限を確認する際にはご注意ください。

現在、5月17日は「国際反ホモフォビア・トランスフォビア・バイフォビアの日」になっています。

虹色の旗

なお、ドイツの刑法175条は1990年代まで残っていたので比較的有名ですが、ドイツ帝国になってから、ふって湧いたわけではなくプロイセン時代からホモは禁止です。

18世紀末以後は禁固刑ですが、それ以前は死刑でした。

ドイツ国会議事堂

そんなドイツですが、2000年代にはホモが大臣になっています。

FDP(自由民主党)のギド・ヴェスターヴェレ(1961~2016)は2009~2013年に外務大臣を務めました。名前は「自民党」でも日本の自民党のような大政党ではなく、自由主義を掲げ、大政党と連立を組んで政権を担ってきた政党です。

そして連立政権では、小さい方の政党から外務大臣を出すというのがドイツの伝統のようになっています。

そしてヘンタイになった

『オカマの日本史』によると、平安時代以来、日本の文化とも言えるオカマが、「今現在、多くの日本人が思い描く同性愛像が完成し」ヘンタイになったのは大正時代です。

西洋の反オカマと、オカマをめぐる諸事情に影響を受け、独特の変化を遂げたのが大正以降の日本のオカマ観でした。

私たちがイメージするオカマ=ヘンタイは「我が国の悠久の歴史の中のわずか100年程度に過ぎない」のです。

『オカマの日本史』禁忌なき皇紀2681年の真実 紹介動画

山口志穂さん、実は倉山塾の塾生さんです。倉山塾に関しては倉山工房の世界をどうぞ。

倉山工房ロゴ
倉山工房の世界ライティングアシスタントチーム倉山工房の紹介。ライターの仕事とは。出版系ライターの世界を語ります。...

インターネット配信チャンネルくららに出演した山口さん、『オカマの日本史』を語ります!

「オカマ」から見たフェミニズムの危険性

 

日本社会は同性愛にも寛容だった?!

 

「オカマ」から見た 足を引っ張るテンプレ保守

『オカマの日本史』には鎌倉・室町・戦国・江戸時代の話もあります。ず~っとオカマ文化健在!

この本を読むと、きっと歴史上の有名人たちのキャラが違って見えてきますよ。

逆にオカマと思っていた人がオカマでない例もあります。例えば織田信長と森蘭丸の関係を示す資料はないそうです。

 

最後まで読んでくださってありがとうございました。