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【本のレビュー】シャネルの伝記4選 後のシャネル伝記の元ネタおよび新たな調査による暴露本

シャネルといえば服飾デザイナー。そして香水の世界でも最も有名なブランドです。

香水に詳しい人にとってはファリーナ(関連記事はこちら)やゲラン(関連記事「やっぱりゲラン、伝統の香り5選 ジッキー、ルールブルー、ミツコ、シャリマー、サムサラ」)こそが老舗かもしれませんが、一般的には「シャネル5番」があまりにも有名で、香水に関心のない人でもこれだけは知っている。

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今回は数多いシャネルの伝記のうち4冊を紹介します。

シャルル=ルー『シャネルの生涯とその時代』

古くて新しいシャネルのデザイン

シャネルの服飾デザインは今となっては古典的ですが、当時の非合理を超えて苦痛ですらあった女性服を動きやすく楽なものへと進化させた革命的なものでした。

時代背景のわかる豊富な写真とともにシャネルの作品を紹介してくれるのが『シャネルの生涯とその時代』

これを見るとシャネルがどれほど先進的であったかがよくわかります。

今となっては当たり前のことが当時は驚きだったのです。

動きにくいゴテゴテした服装から、女性たちを解放したシャネル。

100年前のモードですが、今着ても、逆にレトロでカッコいいかも。

初版1979年の普及版

エドモンド・シャルル=ルー著/秦早穂子訳『シャネルの生涯とその時代』鎌倉書房、1990年は大型本で図版が豊富です。

原書初版はEdmonde Charles-Roux “Le Temps Chanel” 1979。『シャネルの生涯とその時代』として邦訳もされています。初版の10年後、普及版がフランスで出版され、日本でも同タイトルで再販の運びとなりました。

時代を映す図版の数々

「あとがき」によると、普及版は初版よりもシャネル自身により焦点が当てられているとのことですが、普及版でもシャネルをめぐる時代背景にかなりのページ数がさかれ、シャネルとは関係があるようなないような、でも興味深い写真がたくさんあります。

100年前のフランスの歴史資料集としても一見の価値あり!

ポール・モラン『シャネル 人生を語る』

極貧の幼年時代はシャネルの心の傷

シャネルは12歳で母に死に別れ、姉妹とともに修道院付属孤児院に預けられます。父からは事実上捨てられたようなもの。その後、父と会うことはなかったといいます。

そんな生い立ちを隠すようにシャネルはモール・モランには叔母に預けられたと語っています。成功した後も、心の傷となっていたのですね。

モランもあえて暴くような書き方はしていません。

原初に忠実な新訳

ポール・モラン/山田登世子訳『シャネル 人生を語る』(中公文庫、2007年)の原書はPaul Morand, L’Allure de Chanel, 1996です。原初の初版本(1976年)には、すでに『獅子座のシャネル』として1977年に邦訳が出ているのですが、改訂新版を機に新訳が刊行されました。「訳者あとがき」によると既訳書には人名や地名など固有名詞に省略が多かったが、新訳は原文に忠実に訳出したとのこと。

戦後まなしの聞き書き

1946年、第二次世界大戦終戦直後のシャネルが語ったことをモランが書き取った原稿は表に出ることなく眠っていました。それが30年後、刊行されたのです。

皮肉たっぷりの悪口がいっぱい

聞き書きのせいか、起承転結のような構成はあまりしっかりしていません。

ぶっ飛びすぎて理解できないものもあります。

生涯の友であったミシアを語るところなど、悪口にしか聞こえない。

ミシアは善良でも意地悪でもない。人間らしい弱点をもっているだけのことで、それが生来の強さにもなっていた。

ここまではいいのですが、

彼女はひとの悪口を言わずにはおれないたちなのだ。彼女の家に招かれたら最後、良い気分では帰れない。言われた悪口がひっかかるからだ。彼女が優しいのは、相手が苦しんでいるときだけ。惜しみなくつくしてくれるが、それは相手をもっと苦しませるため。(p.97)

のりあちゃん
のりあちゃん
よく友達やっていられるなあ

こんな感じでいろいろな人物を評しているので、著者モランは出版を逡巡したのでしょう。

のりあちゃん
のりあちゃん
本人とか親しい人が生きてるもんね

本が出版されたのはモラン自身の死の前年でした。

ちなみにシャネル本人は1971年にすでに亡くなっています。

シャネル語録の宝庫!

しかし、シャネルの言葉を記録しただけあって、シャネル語録が秀逸。

自由奔放に語るシャネルの言葉には、心にしみる哲学があります。

成功するのは、学べないものによってである。(p.39)

独創性になんか惑わされてはダメ。ファッションで独創性にこだわったりすると、たちまち仮装やら装飾やら、書割のなかに溺れてしまう。(p.72)

書物はわたしの最上の友だった。ラジオがどれも嘘をつく箱だとしたら、1冊の本はすなわち1つの宝だった。どんなにつまらない本でも必ず何か言いたいことがあり、何かしらの真実がある。(p.73)

美しさは永続する。だが、ただきれいなだけというのは長く続かない。ところがどの女も美しくなろうとしないで、きれいでいたい、きれいにと、そればかり。(p.103)

肉体的なケアのことはあれこれと言われる。だが精神的なケアはどうなったわけ? 美容というのはまず心と魂から始まるべきよ、でなきゃ化粧なんて何の役にもたたない。(p.104)

精神的なおしゃれ、魅力的なあり方、趣味、直感力、人間の生き方の内面的なセンス、こうしたものはどれ1つとっても、習って覚えられるものじゃない。わたしたち人間は小さいときからすっかりできあがっている。教育は何も変えられない。教師をつけたって無駄よ、教師は人間を(ことに女たちを)育てるより駄目にしてきた方がはるかに多い。(p.105)

お金は儲けるために夢中になるものじゃなくて、使うためこそ夢中になるべきよ。稼いだお金はわたしたちに理性があったということの証明にすぎない。(p.165)

女は、自分の長所が男を逃げ腰にさせるということをわかっていない。その長所が男性的なものならなおさらだ。欠点はもう1つの魅力になるのに、隠すことばかり考える。むしろ欠点をうまく使いこなせばいいのよ。そうすれば、こわいものなしになる。もしも長所があるなら、隠しておくこと。ただし、隠しているのよとわからせてほしいわね。男はずるいが、女は一人残らずみなずるい。(p.185)

いったいわたしはなぜこの職業に自分を賭けたのだろうか。わたしはなぜモードの革命家になったのだろうかと考えることがある。自分の好きなものをつくるためではなかった。何よりもまず、自分が嫌なものを流行遅れにするためだった。(p.204)

わたしは知的じゃないし、馬鹿でもないけど、ありふれた人間だとも思っていない。だいたいフランスにありふれた人間なんてまずいないし。(p.231)

インタビュー当時60代前半だったシャネル。ぜんぜん老いていません。

辛辣な言葉にも愛

言葉は辛辣ですが、よく見ると実は愛がある。

人間なんてきれいなものじゃない。でも醜さ、汚さを認めた上で、その人とつきあったり、愛したりする。むしろ、その醜さ、汚さのゆえに。

厳しい環境からのしあがったシャネルの人生の知恵かもしれません。

他人のいいところばかり見て好きになると、あとで失望したり、ひどい場合は裏切られたように感じますが、最初から冷静に長所と短所を見抜いておけば、後でショックを受けない。

でも、たいていは短所を見てしまうと、その人そのものが嫌になってしまうんですよね。

それで幻想を持ち続け、裏切られ、結局は不満タラタラになる。

自ら清濁あわせもつことを自覚していたシャネル、他人の清濁もまた認めていたのでしょう。

クロード・ドレ『ココ・シャネル』

精神分析家によるシャネルの伝記

生い立ちから書き起こし、ミシアという生涯の友、ストラビンスキーやコクトーら芸術家たちとの交流、ドミトリー大公やウェストミンスター公爵との交際など男性遍歴を描き、シャネルの成功、山あり谷ありの人生を描いています。少なくとも第二次世界大戦勃発までは時系列に描写され、本記事紹介の書籍の中でもっとも「伝記」らしい伝記です。

マリー=フランシス・ピジェ主演の映画『ココ・シャネル』(1981年)の原作になったというのもうなずけます。

著者のクロード・ドレは精神分析家で作家。原書はClaude Delay “Chanel Solitaire” 1983年です。1971年の初版本を大幅に改訂し分量も約1.5倍になるなど全面的に書きかえられました(「訳者あとがき」より)。

動きやすい服、シンプルなデザイン

恋多き女とされるシャネルですが、本当に愛したのはアーサー・カペル(ボーイと呼ばれる)。彼と交際を機にシャネルの人生が開花していきます。

帽子づくりに始まり、ファッションの世界へ。

ジャージなんて、当時は下着にしか使われなかったのよ。あたしがジャージーに、上着になる栄誉をあたえたってわけ。(p.69)

コルセットによる締めつけから女性たちは解放されました。

あたしはこの新しい世紀を担う世代に属していたのよ。だから、今世紀の洋服による表現は、あたしに問われていたの。単純さ、着心地のよさ、清潔さが必要だった。あたしは、自分では気づかずに、この全部を提供していたのね。真の成功は運命的なものよ。(p.67)

シャネル5番の誕生の影にロシア革命

シャネルと交際のあった男性のひとりドミトリー大公はロシア皇帝ニコライ2世のいとこです。1917年1月、ラスプーチン暗殺に加担したかどでペテルブルクの宮殿に監禁され、皇帝から追放を命じられました。

しかし、人生万事塞翁が馬で、この追放のおかげでドミトリー大公は命拾いします。

翌年にはロシア革命が起こり、皇帝一家は処刑されてしまうのです。

革命後、ロシアの皇族・貴族たちが多数フランスに亡命してきていました。「スウェーデン王妃になったかもしれない彼(ドミトリー)の最愛の姉、マリヤ大公妃は、ココのところでロシア刺繍を教える」状況です。(p.137)

そしてシャネル5番の調香師エルネスト・ボーもまたロシア皇帝の調香師も革命後は亡命し、南フランスのグラースで香水の研究に励んでいました。

ドミトリー大公がシャネルとボーの縁を結びつけ、伝説的な5番が誕生したのです。

モスクワ
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5番のビンに入っていたから、そしてシャネルが「5」という数字が好きだったから5番。なんともそっけないネーミング。四角いボトルもシンプルです。

シャネル自身、5番の成功を予想していませんでしたが大成功をおさめ、1924年にはシャネル香水会社が設立されます。

ポール・ヴァレリーの言葉「香りを身に着につけていない女に未来はない」がシャネルの座右の銘になります。

フランスの王党派、健在

家族って大きらい。人は家族の中に生まれてくるけど、家族と一緒に生まれてくるわけじゃない。家族以上におそろしいものを、あたしは知らない……。

姉妹とともに孤児院に預けられたシャネルでしたが、祖父母の話などが出てきます。天涯孤独な孤児でなく親戚がいるからこそ孤児院生活を、あるいは上の世代の親戚との関係を、よりいっそう苦痛に感じたのでしょうか。

シャネルの祖父はナポレオンを崇拝していたといいます。そして、息子のアンリ(シャネルのおじ)は王党派で、ふたりが喧嘩するシーンがあります。王党派とはブルボン王朝復活を望む人たちです。(p.30)

このように『ココ・シャネル』には、ところどころに君主政支持者が出てきます。1789年のフランス大革命からは、すでに100年以上たっていましたが、ナポレオン3世が失脚したのは1871年ですし、まだまだ普通に残っていたようです。

ちなみに今も「王党派」の人々が少数ながらおり、「自分は王党派だ」と言うフランス人に会ったことがあります。

ひとはこんなふうにして死んでいくのよ

アンドレ・マルロー(フランスの作家、ド・ゴール政権の文化相)は言ったそうです。

「現代のもっとも偉大な人物はシャネル、ド・ゴール、ピカソの三人だ」(p. 308)

のりあちゃん
のりあちゃん
すごい人選!

どういう文脈で言ったのかわかりませんが、フランス人ないしフランスで活躍した人というくくりでしょう。

どれも信念を曲げない人たちですね。

生涯現役だったシャネル。

最後の言葉は

ひとはこんなふうにして死んでいくのよ。

87歳でした。

医者は避けているくせに、薬にはうるさい。薬屋はわたしの言うことを聞いてくれるけど、医者は聞いてくれないでしょう。(モラン、p.232)

医者ぎらいのシャネル。

大往生です。

ハル・ヴォーン『誰も知らなかったココ・シャネル』

シャネルの伝記や映画は、デザイナーとしての成功物語や華麗な男性遍歴を描くものが多いですが、ハル・ヴォーン/赤根洋子訳『誰も知らなかったココ・シャネル』(文藝春秋、2012年)は第二次大戦中のシャネルの行動に焦点があてられています。

原書はHal Vaughan “Sleeping with the Enemy” 2012。

のりあちゃん
のりあちゃん
もとのタイトルが挑発的!

情報戦やフランス現代史を知るにもおすすめ

著者はアメリカのジャーナリスト、ノンフィクション作家。自身がインテリジェンス(CIAなどの諜報・情報)活動に従事した軍人であったため、他の著書もスパイもの、政治ものが多い。

のりあちゃん
のりあちゃん
ファッションや香水に関心のある人じゃないのね

デザイナーとしてのシャネルに興味のある人は上記シャルル・ルー『シャネルの生涯とその時代』、モラン『シャネル人生を語る』、ドレ『ココ・シャネル』のほうが期待にこたえてくれるでしょう。

逆に第二次世界大戦の前中後ヨーロッパにおける情報戦やフランス現代史に興味のある人には『誰も知らなかったココ・シャネル』がおすすめです。

また、最初の三書はフランス人著者なので、もってまわったような独特の文学的・哲学的表現がありますし、はっきり言ってシャネルのヨイショ本です。

これに対してアメリカ人ジャーナリストであるヴォーンの『誰も知らなかったココ・シャネル』の文章はシンプルです。また、批判的に書かれている新しい本なので、従来の伝記本を補足するには最適です。

シャネルはナチスのスパイ?

シャネルの友人・知人・愛人にはセレブがいっぱい。

シャネルは前述のドミトリー・パヴロヴィッチ大公やウェストミンスター公爵(イギリス国王エドワード8世のいとこ)と浮名を流し、フランス北部がナチスに占領されるとディンクラーゲ伯爵(表向きドイツの外交官、実はナチスの大物スパイ)と同棲します。

戦後、フランスではナチス協力者は逮捕・処刑・リンチの憂き目に遭うのですが、シャネルはチャーチルに助けられます。

この人脈、やっぱりココ・シャネル。ただのデザイナーじゃない。

シャネルは結局、当局から尋問を受けますが釈放されます。

この本に書いてあることが本当で、もし戦後の早い時期に明るみになっていたら相当に非難されたことでしょう。

シャネルは売国奴か?

しかし、シャネルは政治家でも軍人でもありません。

金持ちではあるけれども一介の市民です。自分や親族を守るためにできることをした。

あの時代に生きた人を平和な時代の私たちに裁く資格はないでしょう。

もっとも私がフランス人だったら、そう冷静に考えられないかもしれませんが。

全体的な印象として、シャネルは自己中ではあっても、悪者とまでは言えない。

まとめ

シャネル伝記は多くありますが、ここで紹介したシャルル・ルー『シャネルの生涯とその時代』、モラン『シャネル人生を語る』、ドレ『ココ・シャネル』はシャネルを直接知る同時代人によるもので、原書が改訂再販されると翻訳もまた合わせて新訳再販されており、シャネル伝記のスタンダードといっていい作品群です。

のりあちゃん
のりあちゃん
いろんなシャネル伝記の元ネタかな?

たぶんそんな感じ。

最後の『誰も知らなかったココ・シャネル』は比較的、新しく、切り口が異なるスパイもの。独自の調査で文字通り「知られざれる」シャネルを描き出している点から記事に加えました。

元ネタおよび補足情報という基準で4冊を選びましたが、シャネル本を読み尽くしているわけではないので「なぜこの本が入っていないんだ~」と思われるコアなシャネルファンの方もいらっしゃるかもしれません。

その場合は、どうかご容赦を!

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最後まで読んでくださってありがとうございました。